今直ぐ 攫いたい ずっと 見詰めていたい 永遠に閉じ込めてしまいたい そう、誰の眼にも触れられない場所で お前は未来永劫、俺だけのものになる 猟奇 的 狩猟者 明るい日射しの中、異質の者は暗闇で妖しく眼を光らせる。 光りを浴び、今まさに人生を謳歌しているであろう男を 獲物を狙う豹のような眼差しで見詰める男がそこには居た。 日の当たらぬ物陰から、ひっそりと眺めてはほくそ笑む。そんな事を もう数十日繰り返していた。 流石に、獲物も気がつき始めていたらしく 話をしていた友人と別れその場に残り、独り言には取れない大きさでその異質者の名を呼んだ。 「…そこにいるんだろう、 仁王」 暗闇の影は、まるで呼ばれる事をずっと待っていたかのように嬉し気に声を上げ 光り浴びる獲物…柳の前に姿を現した。 「はは、お気付きでしたか?マスター殿」 「最近、いつも背後に気配を感じていたからな」 「参った。将来は忍者になるつもりだったんだがなぁ」 まるで、付け回していたのは遊びでした。と言わんばかりの態度に柳は顔を曇らせる。 その遊びとやらで毎日毎日、どこに居ても何をしていても背後にいました。というのは温和な方だと言われている柳でも、少々頭にきた。 この、詐欺師と言われる男には幾人もの人間が欺かれてきた。 そんな男に付け回されている、というだけでも背中に冷や汗が流れるというのに。 「言いたい事があるのならば、言えばいいだろう」 鼻からお前の戯れ言に付き合うつもりはない、という風に 柳は口調荒く言い放つ。 実際、自分でもキツい口調で言ったつもりだった。 けれど、仁王はさして気にもしてないような…むしろ、嬉しそうに笑った。 「言いたい事?そんなモンは特にないねぇ」 ククッと喉で笑う仕草に、柳は身を震わせる。 少し前まではこんな奴ではなかったはずだ。そう頭の中を過った瞬間に、何故か自分の背後に居たこの男に声をかけてはならなかったような気がした。 どうしてこんな奴になってしまったのか、その答えを導き出す為に自分の今までのデータを引っ張り出す。 それは柳以外の人間には微々たる時間だったろう。 けれど、柳は答えを導き出すのには十分な時間を費やしたつもりだった。 答えは 見付からない。 いや、答えが見付からないというのは的確ではない。 この男…仁王は前からこんな奴だったのかもしれない。そんな答えをはじき出しかけたその時、仁王の顔がアップで近付いていた事に気付き、思わず退いた。 「何、考えてる?」 「お前には関係のない事だ」 「へぇ。まぁ、いいが」 思わず生唾を飲み込む。 怖い そんな言葉が脳裏に過った。この、仲間と呼ぶべき人間に柳は恐怖すら感じた。 「とりあえず、用がないのなら今後一切背後には立つな」 「背後には、ね」 「背後が駄目なら前方に立つなど、子供染みた事は言うなよ」 「ははは。やっぱりマスター殿には適わないねぇ。けど、用なんてモンがなければこんな奇行に出てはいかんのか?」 奇行。その言葉は耳を通り過ぎず、留まった。 自分のしている行動がどういう事なのか、きちんと理解していた上で行動していたのか。 「何?」 「あぁ、きっとこういうのをストーカーと呼ぶんだろうな」 ついに、柳は全身に鳥肌が立った。自分の防衛本能が危険だと信号を出している。 この場は、何が何でも逃げなければならない そう思うよりも早く、体は先に行動をおこした。 「…時間が惜しい。失礼する」 踵を返し早々と退散するつもりだったが、柳よりも早く仁王は行く手を阻んだ。 「待った待った。そんな他人行儀、悲しいねぇ。それに俺らはまだまだヒヨッコの若造。自由の塊。どうして時間を惜しむ必要がある?」 まるで『逃がさない』というように、仁王は柳の腕を強く掴む。 爪の跡が付そうな程、強く握られ 柳は顔を顰める。 それを見て仁王は嬉しそうに笑う。 「何が言いたい?こんな茶番に付き合える程、俺は暇じゃない」 「茶番?これのどこが茶番だという?お前には解らんのか」 「あぁ、さっぱり解らん」 仁王は更に嬉しそうに、無気味に笑ってみせた。 精一杯強がって見せるような柳の表情に、酔いしれさえした。 「じゃぁ教えてやろう。俺は、お前さんを今直ぐ 攫いたい。ずっと 見詰めていたい。永遠に、閉じ込めてしまいたい」 「ワカル?」と耳元で呟いてみれば、まるで身の毛もよだつ、というように柳は仁王の手を振払った。 すっかり固まってしまっている姿にうっとりしつつも 軽くウインクをして仁王は言葉を続けた。 「好き、なんてアバウトな言葉よりも ずっと、分かりやすいじゃろ?」 「…あぁ、お前らしいとは思うがな」 「だが、それがどうした」と、そう冷ややかな言葉を返す柳に増々仁王は心を奪われた。 思えばそう、柳に恋をしたのもその冷ややかな言葉を聞いてからだった。 自分でも自覚のあった、人とは違う『かなりオカシイ恋愛観』 しかし、誰一人としてオカシイと正面きっていう者はいなかった。 影でヒソヒソという周りの人間達に嫌気がさしていた時に、柳は現れた。 御丁寧に、お前は気持ち悪い。とまで言ってしまわれては落ちない方がおかしいだろう、と仁王は思い返しまたほくそ笑んだ。 どこかに行ってしまう前に 狭い世界に閉じ込めてしまいたい 飛び立つ事も 許しはしない ずっとその場に貼付けて この眼で見詰めてあげるから 「今度こそ、本当に失礼する。これから弦一郎と約束があるからな」 「それはそれは、楽しんできんしゃい」 ―そのうちどこへも行けなくなるのだから そっと心の中で呟いて、背を向けた柳に軽く手を振る。 「まー、見ときんしゃい。いつか、手に入れてやるから」 「そんな日は、一生来ない」 背中越しに聞こえた声は、やはり冷ややかなもの。 柳は気付かない。その態度が更に仁王の気持ちを奮い立たせている事を。 いつか、俺の前から飛び立ち手も届かぬ程 遠いどこかへ行ってしまう前に 俺だけという狭い世界に閉じ込めてあげるから 俺だけを一生、恨んで 全ての憎しみを 俺に頂戴。 「おーー、つれんのう」 今は、見逃してあげるから 〜END〜 モドル |