いつか指切ったはずのあの約束は







いつか指切ったはずのあの約束は、きっと歳を取ると共に忘れてゆくだろう。そんな事もあったなぁと笑って過ごせるようになるだろう。そうなれるまであとどれくらいの時を無駄に過ごせばいいのだろうか。あと何度彼の夢を見たら忘れられるのか、あと何度悔やめばこの想いから解放されるのだろうか。
彼は言った。「また会おう」と。彼は確かに言ったのだ。ずっと慕い続けたその笑顔を見せ、くしゃりと頭を撫でた後に必ず会いに来ると、それまで待っていてくれと。ただ、その言葉だけを信じ伊武は待ち続けた。会いに来るから、”待っていろ”とその言葉に従い彼を待ち続けた。
けれど彼がそう言ってから、もう1年が過ぎた。


「あー。俺達もとうとう卒業かぁ」
「そうだね。」
「色々あったなぁ」

隣で大きく伸びをする友人の神尾を伊武は横目で見遣った。ふと、風が吹くと髪は靡き桜も舞うように散って行った。

「去年、橘さんを此処で見送ったんだよね」
「…そーだな」
「とうとう会わずに1年経っちゃったな」
「それは深司が意地張って会いに行かないからだろ?」
「別に、意地を張ってるつもりはないけど」
「…そっか」

深く追求しなくても判っているというように神尾は短く返事をすると、伊武に背を向けて舞い散る桜の花びらを手で掴もうと腕を大きく振り上げた。

「…橘さん、元気だった?」
「うん。まあな。深司が顔見せねぇって心配してたけど」
「…そっか」
「なんで会いに行かねぇんだ?」

「特に、意味はないよ」


嘘をつけ、と思わずでかかった言葉を飲み込んで神尾はまた桜の木に掌を翳した。今振り向けば、伊武が泣いているかもしれないと思い、はしゃぐ振りをして振り返らぬように桜の花びらを懸命に追って見せた。
待つという事は全く意味を持たないのだろうと、伊武も神尾も判っていた。けれど、彼は言った。”また会いに来るから待っていろ”と。意地等張らずに会いに行けばよかったのだろうけど、待ちたかった。彼があの約束を覚えているだろうとそれだけを信じて、それだけを心の支えにして。
もう、この先の生活には全てを知っている友人の神尾もいない。伊武以外の仲間達は皆、橘のいる高校へと進学を決めていた。
それで、いいのだと。伊武は笑った。馬鹿でもいいからその言葉を信じて待ちたいのだと伊武は笑った。


「じゃ、神尾。橘さんによろしくね」
「あぁ。」

名残り惜しむように、桜の木を眺めてから伊武はその場を立ち去ろうと顔を上げた。一歩、一歩踏み出す伊武に神尾は振り返りもせず。只、降りしきる桜の花びらを掴もうと拳を握りしめた。




〜END〜




彼との約束がオレの生きる意味だから