誰の為の未来
「君は嫌じゃないの?君の事を好きでもない男と結婚なんかして」 貴方が久し振りに私に話し掛けて来たと思えば、またそんなくだらない事。元より承知の上で貴方と結婚したのだと何度も言っているというのに。 そう、私は知っている。 貴方が私を好きでない事も、自分の目的の為だけに私と結婚したのだという事も、貴方の好きな人が、私の兄だという事も 私は全て知っている。 貴方もそれを判っているはずなのに、時々悲しそうに眉をひそめて私を見つめるものだから 私は貴方が愛しくてたまらない。貴方が私を見る度に心を痛めていると判っても、貴方を手放す事等できはしない。 神様、私は罰せられるべき存在なのでしょうか? 世の中に、決して叶わぬ恋があるのだと知ったのは私も貴方も同じ時だったろう。貴方がソレを知ったのは貴方が密かに想いを寄せていた私の兄、橘桔平の結婚式当日。私がソレを知ったのは、密かに想いを寄せていた貴方が嬉しそうに微笑む兄を見て、儚げに微笑んだその時。世の中にはどれだけ想っても伝わらない、成就される事のないモノがあるのだと同じ時に私達は悟った。 報われる事がないのならば、いっそ想いを断ち切りそこそこ好きな人を見付けて結婚でもしてしまう方が幸せなのかもと思っていた矢先。 私は貴方から、「結婚してほしい」と相談を持ちかけられた。 舞い上がる私の心とは裏腹に、貴方の表情は曇ったままで、俯いた顔はそのまま小一時間 上げられる事はなかった。 そう、貴方が”結婚なんかしてよかったのか”と聞く度にあの日の事を思い出す。あの、貴方の兄への愛の深さと、私の事等何とも思っていないんだと思い知らされたあの日の事を、まるで昨日起きた事のように、鮮明に思い出す。 ”君は嫌じゃないの?君の事を好きでもない男と結婚なんかして” もう一度、繰り返された言葉に笑みが零れた。こうもあっさりと傷付く言葉を聞かされるのにも、もう慣れた。今ではむしろ、貴方がそう言う度に私は嬉しくなる。 「いいえ、ちっとも嫌じゃないわ。貴方が私を好きじゃなくても貴方は私の傍にいるじゃない」 「ただ君を利用しているだけでも?」 「貴方が兄と義兄弟という繋がりがほしいだけで私と結婚したのだとしても。私は幸せよ」 「そんな君を馬鹿だと笑う人がいたとしても?」 「…愚問ね」 高揚する気持ちを抑える事ができない。あぁ、私はあの兄を持ってよかった。貴方が兄を好きでよかった。 だって、もしも貴方が私を好きだったのならば、貴方のそんな罪悪感に捕われた姿を見る事はできなかったでしょう? 「そうそう。日曜日にお兄ちゃん、来るらしいから。丸1日開けておいてね、深司君」 兄の話題になれば、貴方の幸せそうに微笑む姿を見る事ができる。私達二人の話になれば、貴方の苦しむ表情を見る事ができる。私は貴方の全てを知っている、只一人の人間なのだ。 私の人生は私のもの。誰にも私を不幸だと言わせない。 いつか、貴方が私を好きになるかもだなんて、そんなものは望んでいない。貴方は一生私を好きにならなくてもいい。 「そっか…じゃぁ、部屋掃除しなきゃ」 「そうね。日曜は私、ちゃんと出かけるから」 貴方が笑う、とてもとても嬉しそうに。 それが私の為の微笑みではなくても 私は、それを傍で見る事ができるから 死ぬ程、幸せ。 〜END〜 |