さあ、旅に出よう。
もしも世界のすべてを手にいれることができるなら 橘さんの姿を見なくなってから、かなりの時間が過ぎた。 他の部のクラスメイト達は、「お前のとこの先輩は面倒見いいから毎日のように顔を出しそうだよな」なんて言っていたけれど、実際のあの人は薄情でそこまで他人に執着しない人だったから、そのクラスメイトの先輩以上に、オレ達の前に現れなかった。 ロッカーの中身だってそのままだったし、こっそり持ってきていた漫画本だって埃を被ったまま、部室の隅に置かれていた。 それなのに、あの人は片づけにも来なかった。まるで、そこに自分の物を置いてきたのを忘れてしまったかのように。 橘さんって、ズボラだよな。なんて石田は笑っていたけど、オレ達は全員わかっていた。ここにあるものは、これからのあの人にとって不要のものなのだと。過去のものなど、何一つ未来に持っていく気はないのだと。 オレ達の存在ですら、先を行くあの人にとってはもうどうでもいいものなのだと。 それでも、オレは待ち続けた。いつまで経ってもからっぽにならないロッカーのように、いつまでもあの人に囚われたままだった。 いつからか、仲間達の口からあの人の名前がでなくなったことが、少し寂しいと思った。 漫画本に積もった埃のせいで、色あせてタイトルが読めなくなった事が悲しかった。 いつの間にか、ロッカーの名前の札が外されていた あの人が座っていたベンチに、違う人間が座っているのを見て、胸が締め付けられた。 まだ、あの人はこの校舎の中にいるはずなのに、廊下ですれ違う事すら一度もなくて あの人は本当に存在していたのかと、不安になることすらあった。 一度も会いにいけなくて、一度も会いに来てはくれないまま 月日は過ぎ、貴方が卒業する日が 明日に迫っていた。 「あれ、深司。そのロッカー、片付けるのか?」 背後から聞こえた声に振り返ると、ロードワークを終えた神尾が汗だくでたっていた。 こんなまだ寒い時期によく汗だくになれるよなぁと思ったけど、会話が続くと面倒なので思うだけで留める事にした。 神尾のせいでちょっと手が止まったけれど、また気を取り直してゴミ袋にロッカーの中身を突っ込んでいく。 これは、あの人が一番気に入っていたTシャツ。 これは、地区予選の時に杏ちゃんから貰ったんだって、バカみたいに喜んでいたお守り。 これは、この学校に来て一番最初に貰ったって言ってたラブレター。 これは、親に見せられないといって隠していた数学のテスト。 なんでこんなものまでロッカーの中に入ってるんだってくらい、色んなものが入っていた。 ひとつひとつ、ゴミ袋の中にあの人の思い出がいっぱいになっていく 全部、いつものあの笑顔でオレ達に見せてきたもの。 オレからしてみれば、これら全てはすごく大事なものなのに。 あの人はあっさりと捨てていったのだと思うと、なんだか胸の奥がからっぽになった気がした。 「なぁ、深司」 いつの間にか、オレを覗き込むように神尾は隣に居た。 きっと、オレも同じ顔をしてるんだろうなって位、情けない顔をしながら 「何、神尾」 「俺は変なのかな」 「?」 「俺は、笑ってる深司より、そうやって悲しい顔をしてる深司の方が好きかもしれない」 「変態」 「・・・俺もそう思う」 お互いの顔を見合わせたら、なんとなく笑えてきて 二人で大きな声で笑った。 「あ、神尾は笑ってるオレ好きじゃないんだよね」って呟やいたら、 「バカ笑いしてる深司ならOK」といって 憎たらしい位清々しく、神尾は笑った 橘さんのすべてが詰まったゴミ袋を見たら、また悲しい気持ちになってきたけど、神尾に好きだなんて言われるのは癪に障るから、無理矢理笑顔を作って天井を仰いでやった。 もしも世界のすべてを手にいれることができたとしても、 それはとても退屈で、面白みがないから オレは辞退するんだろうな、と 思いながら
END
前に進む時間は人それぞれなんだ
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