泣き方を知らない
拝啓 お元気ですか。 オレが手紙を書くなんてと思うかもしれないですが、どうしても伝えたい事があったので、手紙を書きました。 貴方と会わなくなってから、もう一年が過ぎました。今は神尾も、石田も皆、受験だ受験だと騒いでいて、推薦でもうすでに決まっているオレですら慌しい気持ちになっています。 貴方も一年前はこんな気持ちでいたのでしょうか。 今はどんな気持ちですか? 高校には慣れましたか。中学とは違ってテニス界もそんなに甘くないと聞きました。まぁ、貴方の事だからその辺は問題なくやっているんだと思いますが、時々ちゃんと元気で暮らしているのか考えることがあります。 貴方のその髪の毛はどこに居たって目立つだろうから、上級生に絡まれて返り討ちにしていないかとか、少しだけ心配です。 その髪の毛のせいでクラスで浮いているのではないか、少しだけ心配です。 杏ちゃんは新しい環境に溶け込めたのかとしきりに神尾が心配していましたが、彼女はどんな時でもすぐ皆に溶け込めると思うのでオレは心配していません。相変わらずのシスコンぶりを貴方が発揮しているのであれば多少は心配ですが、彼女は大丈夫だとオレは思っています。 今でも、ふと思い出す時があります。貴方と共に全国まで行った事を。もうずいぶんと昔の事に思えますが、それでも時々思い出します。 あの時は貴方が隣に居て不安など一つもなかった。 貴方だけを信じて進んでいけば路は開けるのだと思っていました。 今思えば、貴方にとってはただの重荷だったのかもしれないですね。 それでも、時々オレは貴方に会いたいと思います。 貴方の元に今すぐ飛んで行きたいと思うことがあります。 苦しいくらい、貴方に会いたいと思うことがあります。 でも、それが出来ないからこうして手紙を書くことにしました。 伝えることができなかった気持ちを、貴方に知ってほしくて手紙を書きました。 貴方は元気ですか? 今の暮らしは楽しいものですか? 辛い事や悲しい事など、ありませんでしたか? オレ達のことを、まだ覚えていますか? オレの心はまだ貴方で埋め尽くされています。こんなこと、か弱い女が言えばかわいらしいのかもしれませんが、オレがいうと気持ちが悪いってちゃんと自覚しています。 それでも、オレは貴方のことをまだ忘れられません。 こんなオレでは、また貴方の前に姿を現すことすらできないでしょうか。 まあ、そんな感じです。 そちらはもう暖かくなってきていると聞きました。油断して風邪などひかないように気をつけてください。 伊武深司
「深司ー!!!」 「何、神尾」 「橘さんに皆で出す手紙、書いたか?」 「あぁ、書いたよ」 「じゃ、俺預かるぜ!ちゃんとポストに投函するから安心しろ・・・って」 「お前、それ橘さんへの手紙だろ!?」 「そうだけど?」 「なんで、燃やしてるんだよ!?」 白い紙切れは、オレの中の黒と混ざって 灰色のチリになって空へ舞い上がっていく 「・・・届くかな、橘さんに」 手紙に書かれた文字がひとつひとつオレンジを帯びて空へと舞い上がる オレの気持ちが篭ったこの灰が、貴方の元へと届けばいい 「いいんだ。読まれなくて」 ずっと言葉にできなくて、思い悩み、苦しかったこの気持ち 貴方に届かなくても、届いたような気がしたから 伝えられなかった想い。会いたくて苦しかった気持ち。 今、手紙にして貴方へと届けます。
END
言葉にしただけで、届いたような気がしたんだ
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