「……如何する?弦一郎」 「……如何すると言われても…」 「「………………」」 ONE DAY 誰も居なくなった部室に真田と柳は向かい合って腰を下ろし、互いの間を遮る様に置 かれた白い箱に揃って視線を注ぐ。 その箱は、A4サイズほどの普通の箱で、取り立てて変わった所は無い。 問題は、その中身だ。 部活を終えて、真田は部誌を書き上げると帰り支度を済ませ、部誌を顧問に提出する 為職員室へ向かった。 一緒に帰る柳も当然、その後に続いた。 しかし職員室に顧問の姿は無く、まぁそれは大した問題ではなかったので、顧問の机 に部誌を置いて出て行こうとしたその時、音楽教師が二人を呼び止めたのだ。 教師が言うには「生徒の保護者から貰ったのだが、誰も手を付けず忘れ去られて居 て、開けてみた所、賞味期限が明日だったが、生憎どの教師も忙しくて捕まらず困っ て居り、そこに運良く育ち盛りの少年二人がやってきた」そうだ。 斯くして、真田と柳はうっかり賞味期限切れ間近の大福20個の処理係を押し付けら れてしまったと云う訳である。 「……せめて大福で無ければな…」 困惑しきった様子で真田が呟く。 「……それ以前に20個も無ければ…」 同じ様にお手上げと言う表情で柳が続く。 甘い物をほとんど食べない真田と、食べても少量と云う柳にとって、目の前に置かれ た20個もの大福は、決して食欲をそそる物では無く、却って空いてた筈の腹の音を 打ち殺す。 しかもそれが明日には期限切れになるとなれば、尚更に手を伸ばす気にはなれなかっ た。 かといって捨ててしまおう等と、食べ物を粗末にすると云う考えは毛頭無い。 そう言う理由で二人はどうしたものかとかれこれ20分程、大福と向き合って居たの である。 「……何も俺たちだけで片付けなければならん訳では無いではないか?」 顎に手を当てたまま柳が提案すると、真田はそうか、と手を打った。 「丸井ならば半分はいけるだろう」 真田はそう言って携帯を取り出し、ダイヤルした。 それを見守りながら柳は、何かを思い出した様に「あ」と呟く。 呼び出し音を聞きながら、真田の眉間が歪んで行った。 「………出ないぞ」 「………そう言えば、丸井はジャッカルとケーキを食べに行くと言っていた様な気が する」 「………今日に限ってか」 柳の言葉に、真田は項垂れ、携帯を閉じる。 幾ら甘いもの好きの丸井と言えど、ケーキの後に大福は入らないだろう。 そもそも、ケーキを腹一杯食べた丸井が、大福の為にわざわざ学校に戻ってくるとは 考えられない。 名案を思いついたと思っていたが、中々簡単には進まないものだ。 すると柳はうん、とひとつ頷き、真田の方へ手を差し出した。 「……弦一郎、携帯を貸してくれ」 「……あ、あぁ」 携帯を手渡すと慣れた手付きで操作し、電話を掛ける。 「赤也か?俺だ、柳だ。今すぐ部室へ来い。……映画?そんなものはいいから……… 赤也?…… …………………切られたか」 眉間に皺を寄せて携帯を切ると、憮然とした様子で携帯をそのまま突っ返した。 柳の中では綿密に計算した裏切られる筈のないデータだったのだろう。 「……赤也も駄目か……ならば柳生は如何だ?」 携帯を手の中で弄びながら真田が提案する。 特に甘味が得手という訳では無いが、紳士である彼ならば付き合ってくれる可能性は 高い。 それでも一人当たり6〜7個と言うノルマは相当なものだが。 「……無理だろう」 真田の言葉に眉を顰めたまま柳が答える。 「何故だ?」 「……赤也は映画を見ると言っていた。ならば柳生もだろう」 「……つまり…、……そう言うことか?」 「二人が一緒に居る確率、100%だ」 柳は得意気にキッパリ言い放ったが、それは即ち救いの手は望めないと云う事であ る。 「………仁王は………無理だな」 一応言ってはみたものの、真田は直ぐに撤回した。 あの男が大福如きの為にやって来るとは考えられない。 と言うか、二人が頼んだ時点で面白がって尚更来ないだろう。 再び振り出しに戻ってしまった二人は揃って口を噤んだ。 たたが大福、それど大福。 冷静になってみれば真面目に考えるのも馬鹿馬鹿しいが、今の二人にとってはそれは 大きな壁だった。 やがて、ひとつ溜息を付くと柳は立ち上がった。 「……蓮二?」 「……せめて茶が良いだろう…」 呟いて、財布を手に部室を後にする。 いよいよ覚悟を決めた、という所か。 真田は目の前に置かれた箱にもう一度視線を注ぐと、深い溜息を吐いた 戻 |