「スイマセン」


それだけ言うと、俺は携帯の電源を落とした。

目の前に
『上映中は携帯電話の電源をお切りください』の文字と

優しく笑う貴方が見えたから。


トゥ DAY


「どうか、しましたか?切原君」
「・・・・」

電話を切って、呆けていた俺に 貴方の優しい笑顔が近づく。
まぁ呆けていたのは、電話のせいじゃないんだけど。と心の中で誰にともなく言い訳してから、

ふと電話の事を思い出す。


真田副部長の携帯からかかってきた、と思ったら
電話の主は柳サンで。

何だか切羽詰まった感じがしたから、ちゃんと話しを聞こうかなと思ったはずなのに
俺は何も聞かずに電源を落としていた。
だって──



今日はやっとこじつけたデートの日だったから。


今日を逃したら、もう2度とこんな日 来ないんじゃないかって。
大袈裟かもしんないけど、そう思っていたから。


柳サンにしてみたら、部活の先輩と後輩が映画を見に行くだけだろって感じかもしんないけど。



「切原君?」
「え?あ、何スか!?」


スッカリ自分の世界に浸り込んでた俺は、急に声をかけてきた貴方に後ずさる。


「体の調子が、悪いのですか?」

(…あ)


顔を覗き込んで来る時は、心配している時。


「いや、大丈夫ッス…よ?」
「…そうですか」


眼鏡を押し上げて、口元が笑っている時は、安心した時。


2年間、ずっと見てきた仕種は
俺の罪悪感を吹き飛ばす。


今すぐ、かけ直そうかと思っていたけど…


(スイマセン、柳サン…)


俺は携帯をバッグの奥底に押し込んだ。




「ところで。今日は何を見るんですか?」

「えー…と」



携帯を押し込んだままの手でバッグの中を探ると
指先に触れたチケットは2組み。

一つは今、話題になっているアニメの『ストームボーイ』。




もう一つは…




人を追い詰めて追い詰めて殺しまくる

『ストーカーマン2』。




本当は一作目から好きだったストーカーマンを見たいけれど
そんなの柳生先輩は好きじゃないに決まってるし…と
一組のチケットを差し出した俺に、貴方はニッコリと笑った。



「ストームボーイですか。今、話題の映画で興味があったんですよ」


(よかった…こっちでアタリだ)



ほっと胸を撫で下ろした瞬間



「ですが…」


スルリと長い腕が伸びて来て、俺が隠したもう一組のチケット、
『ストーカーマン2』が奪われる。


「いや、あのソレは──」
「私も、こちらがみたいですね」


(──…あ。)




明らかに、ストーカーマンなんて映画 見るはずがないのに。



「さ、行きましょうか。切原君?」
「…ハイッス」



どこまでも優しくて 皆から紳士と呼ばれる貴方。
胸の鼓動がうるさくて、
電波ジャックされた飛行機のように、方向感覚を失いそうにもなったけど、

先を行く貴方の背中を追って 俺は走った。









ずっと楽しみにしていたはずのストーカーマン2は、全く内容が頭に入ってこなかった。

時々、貴方が俺に耳打ちしてくる度に 低く、甘い声が耳元で響く度に
俺はみっともない位、混乱してしまっていた。




殺伐としたスクリーンに似合わない、毅然とした貴方が横にいるというだけで落ち着かなくて。
映画の一番の見所の
ストーカーマンが自分の最愛の人を殺してしまったシーンで
貴方が「うわ」と、小さく漏らしたのが やけに耳について離れなかった。




──あぁ、紳士でも「うわ」とか言うんだ──




なんて、どうでもいいような『意外な一面』を見れた事が とても嬉しかった。









「しかし、スゴイ映画でしたね」


上映が終わり、ロビーに向かう途中で貴方が俺を見て微笑った。

その笑顔のせいで、俺は主語を聞き逃して
「切原君は、好きなんですか?」
「…ハイ!?!」
「イエ…。ストーカーマンが、ですよ?」
「あ、ハイ…好き…ッス」


ストーリーは好きだけど、特に好きでもないストーカー男を好きです なんて答えてしまったり。
そんな他愛もない話にドキドキして、
俺は本当にこの人が好きなんだなぁ、と再確認させられた。









「では、切原君 今日はとても楽しかったですよ」
「え?ハ、ハイ」

気がつけばソコは もうすでに映画館の外で

「では、また明日」

貴方は優しい笑顔を残して、人ゴミに消えていった。



もう少し、一緒に居たかったな…と 溜息をついてから
奥底に押し込んだ携帯を取り出そうとバッグの中を探ると
2枚の紙が 俺の指先を掠めた。



─今日は楽しかったですよ─



そう言って微笑んだ貴方を思い出すと、
俺は一目散に走り出した。



楽しかったと言ってくれた
そうだ、ロビーで確か言っていた。
─また来たいものですね─

そう、言ってくれた───




人波を掻き分け、見上げた先に 柳生先輩の姿が確認できた。


信号待ちしてる今なら、呼び止められる──


チケットを握り、声をかけた その時
俺の目に映ったのは
俺に向けられた事のない、


笑顔









「相変わらず、シケた面しとるのぉ、柳生」

「…仁王君」




呼び止めようとした俺の声は人波に消え、
握っていたはずのチケットは 風に乗って舞い上がった。


─よく、
よく思い出してみれば、『また来たいものですね』の前に、


─仁王君もストーカーマンが好きなんですよ─


って、言っていたような気がする。




舞い上がって、大切な部分を聞き逃すなんて。




携帯を握り締めて、もう一度二人を見遣ると
姿は人波で見え隠れして
とても遠く感じた。


只、突っ立ってるだけの俺は ドンドン人波に流されて
貴方から遠く遠く離された









…Tururururu───




「もしもし?」




あぁ、あのチケットはドコに行ったのかなぁ?