「…ちっクソ忍足め」 苦々しく吐き捨てると制服のポケットから携帯を取り出す 液晶の画面をみて深く溜め息をついた 着信のない携帯は空虚で何も映さない うっすら見えたのは自分の情けない顔だったように思う 「何処いやがるんだ…手塚……」 放課後の輪舞曲 試すつもりじゃなかった じゃあどんなつもりかと聞かれれば返答に困るのだが ただ何の気なしに 『会いたい』 そうメールを送っていた 本当にただ一言だった それでも少しくらい期待していたから 『どうした?』 『何があった?』 『何処にいる?』 『今すぐそこに行く』 何かひとつくらい返してくれてもよくねえか? 跡部は心でひっそり悪態をつく 優しい奴でも人を甘やかせる奴でもないことは百も承知だったのに 試す、みたいな… 自分は特別と思いたかったのかもしれない 自信が欲しかったのかもしれない 付き合っているという実感が―――― 「はぁ」 もう何回溜め息をついたか それすら忘れた 駅のホームで無機質な壁に凭れて 気が付けば空はうっすらオレンジがかっているようだった どれくらいそこにいたのだろう ただ そこにいたのは 駅ならもしかしたら帰りついでに少しくらい 自分の姿を捜してくれたりするんじゃないかという弱気な発想から そこまでこの跡部景吾様を振り回すとは…なんて軽口でなんとか自分を取り繕う 携帯は相変わらず微動だにしないまま 不安が押し寄せる もう一度 今度は電話をしてみようか もしかしたら送信されなかったのかもしれない でもその度『送信されました』という確認メールの存在を思い出して、やめた ザワザワ ホームが帰宅ラッシュの波に変わる スーツを来たおっさんの大群に「うっ」と顔をしかめる どれだけ待てば気が済むんだよ!と自分に問いかけるのに足が動かない そこに根をはったかのように動かない その時 ドンッ 「…いて」 人にぶつかった 「あっ悪ぃ。大丈夫か?」 相手は随分華奢だったから てっきり女だと思い手を差し伸べた…のだが 「うわ。今一番会いたくない人」 「あぁ?」 ひっそりと呟かれた言葉に耳を疑う サラサラの黒髪がやけに綺麗だった 「なんだよお前…ゎっ」 再びラッシュの波に流されてその無礼な男?は消えてしまった 取り残された跡部は今日1日の自分の間抜けさにキレそうだ もう思うことはひとつだった 「なんでいねぇんだよ…」 誰も聞いていなかった 誰も跡部を見なかった 世界中でたったひとりになってしまったみたいだ ズルズルと崩れ落ち膝を抱えて喧噪が過ぎるのを待った その波が消えたら 今度こそ 今度こそ帰るのだと決めた その時 「跡部!!」 聞き慣れた声 待ちわびた人 「…あ…手塚…?」 真直ぐ自分に向かって人の波をすり抜けるように 手塚が駆け寄る まるでスローモーションのような情景に周りの喧噪すら遠く聞こえる あと少し… そんな刹那の信じられない自分の行動 「跡部!!?」 全速力で逃げ出したのだ どれだけ人にぶつかろうがひたすら走った (また試してるのか?) 願いは叶ったはずなのに 叶う前に逃げ出した 理解不能の行動 でも不思議と (追って来ている) そんな自信を沸々と感じる (追掛けて来い) (俺を) (捕まえてみやがれ) ザザァッ 一陣の風に煽られて 捕まった腕を後ろに引き寄せられ (捕まった) 気が付くと手塚の腕の中にいた 滲んだ視界にオレンジが揺れる 「何故逃げた?」 弾む呼吸を耳もとに受け一瞬身を捩る 気付けば自分の呼吸もひどく荒い 「跡部?」 詰問するような短い問いかけ それでも 「し、んぱい、したかよ?」 切れ切れに聞き返す そう直感 怒っているわけじゃない この男はいつもそうだった 不器用で言葉が足らなくて人の心に鈍いけど 優しいんだ――― 「捜してくれたのかよ?」 今度は跡部の問いかけ 自分は手塚の問いかけに答えていない やっぱり試しているのかもしれない 不意に寂しくなる瞬間ていうのは誰にでもきっとあるのだろう 世界にひとりのような所在なき不安に飲み込まれそうになる そんな時 こんな風に『会いたい』と言って会いに来てくれる人がいる それが自分の思い人だなんてそれはとても幸福なことだと思う そう、きっと 「甘えていたんだな」 「跡部?」 「答えろよ。心配したのか?捜したのか?」 「……」 「どうなんだよ?」 その腕の中の暖かさが答えを物語っていると云うのに 「俺は欲張りなんだ」 行動で言葉で全てを欲しがる 「捜したに決まってるだろう…心配も…」 「自分の好きな奴を心配しない男がどこにいる?」 そう言って強く抱き締めて 「…見付かって、良かった」 深く息を吐いた手塚を俺も強く抱き返した 「てか、なんであんなに待たせたんだよ?」 「ん?」 「俺が俺様がどれだけ不安になったと…あっ」 「ふぅん?不安、だったのか?」 「ちくしょー」 「待たせた…と云うか…今日に限って携帯を自宅に忘れて来てしまったんだ」 「そういえば私服だな…ってそんなオチなのかよ!!?」 「…すまない」 「はー…ついでにうっかりってのも足しておくようだな」 「何の話だ?」 「いんや、何でもねぇよ」 「そうか」 「手塚」 「なんだ?」 「ありがとう…」 何時の間にか空は夜を連れて来ていた 何処にいたってこいつは俺を見つけれんのかな?なんて また俺はこいつを困らせることを考える ……手塚のこと好きな限りそれはきっとずっと…… 〜END〜 モドル |