『あっくん…』

呟いた名前は青空へ消えた

あの日 君を失った俺

忘れろ
早く慣れろ

みんながそう言った
でも俺は抗い続けてる

追い出せない
無くせない
空を仰ぎ見ればあの日と同じ
青がそこに拡がるのに

忘れろなんて、言わないでよーー…


それでもを思い出すから


なんでもない普通の日
放課後
廊下を走る生徒達の笑い声

俺はなんとなく四角い窓から拡がる空を
ぼんやりと眺めていた

みんなそれぞれせわしなく
けれど楽しそうに

笑うんだ

<ガタン>

勢い良く立ち上がるとその拍子に椅子が大袈裟な音を立てた

行かなきゃ

何処へ
とか
何しに
とか
目的なんて俺にも分からなかったけど

突然、そう思ったんだ



外に出るまでに何人かの友達とすれ違った

『これから部活か?』

『今年は期待してるぜ?』

あまりにも勝手な期待
そしてそんな差し障りのない会話の断片にすら
君を捜す俺がいたんだ


「おい」

校門を抜けようかというその時
背後から聞き慣れた声に呼び止められた

「う。見付かったか」

おどけたように答える俺に
南がーーー

「何処に行くんだ?」

そう聞いた

「えーーーと」

正直ホントに行き先なんて決めてなかったから
俺は返答に困る

「ーーー俺も行く」
「え?」

見れば南は制服姿でそこに立っていた
その行動の意図することが分からないままに

「行こうぜ。見付かると厄介だ」
「あっ南!?」

南は俺の手を引いて歩き出した


学校が背中の向こうへと姿を小さく変えていく

ふたつのどうして?が生まれた

どうしてあそこにいたの?

どうして一緒に行くなんて言ったの?


南の後頭部をいくら眺めてみても
そこに答えは見付からなかったーーー…



しばらくして小さな公園に行き着いた
すぐ側にテニススクールがあるみたいで
古ぼけた看板がフェンスにもたれ掛かっている

「何処に行くの?」

ようやく止まった南に問いかけた

「行く宛てあったのかよ?」

ぶっきらぼうに
まるで怒っているんじゃ?と疑いたくなるような低い声

「勝手に人の都合も聞かないで ーー勝手すぎない?」

俺は少し苛立っていたから
「俺も行くとは言ったが付いて行くとは言ってないからな」

本気で憎たらしいと思ったその言葉に
踵でも喰らわしたろか…そう思ったけど辞めることにした

不意に呟いたその声が聞こえなければきっとやばかったけど

「頼むから、ここにいろよ? 他には何も望まないからーーー」

「え?」

その時は変なこと言うなあとか思った
ちょっと漠然としすぎて
真意が読めなくて
曖昧に笑って
答えずにそのまま流してしまった

でもーーー

「そう言うってことは南は俺とずっと一緒ってこと?」

あまり意識しないで
むしろ鸚鵡返しくらいのつもりだったのに

「あぁ。俺はお前の側にいるよ
アイツのように消えたりしないから」

風に攫われてしまいそうな小さな声だったように思うのに
しっかりと俺の耳に響いた

”アイツ”

いなくなってしまった
俺のーーーー…


「今日だってアイツを捜しに行くつもりだったんだろ?」

その言葉こそ可笑しいと思った だって…

「変なの。学校で会えるのにどうしてわざわざ…」
「そうじゃねぇだろ」

ピシャリと言い放つ
背筋に汗が流れた

「捜すのは
あの頃のお前と亜久津の影じゃないのか?」

南にはお見通しだったみたいだーーー


忘れるのが怖いんだ
亜久津のいない生活に慣れる事
廊下で
教室で
通学路で
亜久津を見かけても
それはなんだか知らない人のようで
俺と過ごした時間なんて
たんに気紛れで寄り道して
もう通り過ぎたみたいに

俺を見ない亜久津に
まるで捨てられた子猫みたいに身体を震わせた

忘れなきゃ
慣れてしまえ
そうすればこの痛みも薄らいでやがて消える
それを俺も望んだ
矛盾してるよ

だけど


消したくない
忘れるのも嫌だ

期待してるのかな
まだ
俺のとこに戻って来るって?

もともと俺のものでもなかったのにーー


「あれ?」

しばらくぼうっとしている間に南の姿が消えていた
心許ないっていうのか
そわそわする
落ち着かない

「南ー?みーなみくーん?」

俺は辺りを見渡して南を捜す
突如忽然と姿を消すという現実が俺に嫌な既視感を与えた

空は雲ひとつない青
(あの日と同じ)
俺には何も言わず消えた
(アイツもそうだった)
側にいるって言ったくせに
(好きだったのに)

ーーー俺はまた置いてかれたーーー

もう誰も失いたくないのに
一人になるのは 嫌なんだーー…

『我が儘だな』

(え?!)
心臓が止まるかと思うような絶妙なタイミングで聞こえた
言葉に一瞬思考が止まってしまう

<ドンッ>

「わっ?!」
「あぁすまない…千石?」
「え?」
「どうした貞治?…山吹の千石か」

「青学の乾くんに立海の柳くん?」

俺がぶつかった相手に大きく驚いた
場所もだけど
その組み合わせに面喰らう

「鳩が豆鉄砲…」
「蓮二、その表現はどうだろう」

確かにそうだけど。と乾くんが付け足した

「驚いているみたいだね
俺と蓮二は幼馴染みでね。たまたまここを思い出して 近くまで来たついでに寄ったら偶然蓮二と再会したと いったところだ」

乾くんが説明してくれる隣で
柳くんも懐かしむように薄く笑い辺りを一瞥した

「懐かしいな
俺達はここで共に己を高め共に闘ったものだ」

聞けばそこのテニススクールは二人の想い出の場所らしい

「面白いものだ。こういった場所を見る度にあの頃を思い出すのだから」

柳くんが乾くんに向かって呟いた

「お前と過ごした日々は時が経ち色褪せても克明に思い出せる」
「俺もだよ」

二人の絆の深さを見た気がした
離れていてもふたりの共通する鍵によって開かれる想い出

どうしてか俺の中で
<ガチャ>
と何かが開くような壊れたような音が聞こえた

そしてはっと思い出す

「ねぇ?うちの南見なかった?」

忘れてたって言ったら南は怒るかな?
まぁバレはしないだろうけどさ

それに二人は顔を見合わせて首を傾げた

「見てないな」

と。ステレオみたいに同時に答えた

俺は少し笑って
「ありがとう」
と言って二人から離れた

見慣れた背格好を頭に描いて
南を捜す

でも
流れる雲に、煌めく木々の蒼に、補導のガードレールに
全てに思い出す
溢れ出す、追憶
こじ開けられたように
とめどなく


そしてふと。
「南は俺の事よく分かってるなぁ」
そう一人ごちた

今亜久津はどこにいるだろう
誰かが隣にいるのかな
やっぱり一人で煙草でもふかしているのだろうか

少しくらい俺と過ごした日々を思い出したりするのだろうか

俺は南の言った通り
こうして思い出を巡っては君を取り戻そうとしていたんだ

そうだった
忘れていた

ただ

君の事が好きだったんだーーー



〜1話終わり〜
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