まるで双子みたい、と言った事があった。
お互いの考えてる事が手に取るように判ったり、
お互いの考えてる事が全く同じ事だったり。

あの頃はそれが当たり前で、今もそれは変わって居なくて
これからもきっと変わらないのだろうと思う。

目を見れば、声を聞けば、何でも判る。


ただ、一つだけを除いては――









それからは歩き出すから









「不思議な偶然もあるものだね」
ちょうど今俺が考えていた事を、一秒早く貞治が口にした。
明るいオレンジ色の髪を持つ小柄な少年が去って行った方を見、それから向き直る。
「そうだな」
短く相槌を打てば、貞治は満足そうな表情をした。
「他校の生徒が3人も偶然会うような場所でもないのにね」
後付にそう言って、貞治は歩き出した。
そうか、と言い掛けて止めた。
偶然と言う事にしておいた方が、なんとなく良い様な気がしたからだ。
「…ホント懐かしいね。どう?1ゲームでも」
しっかりと南京錠が掛けられたフェンスを右手で掴みながら、茶化すように笑う。
その笑みが四年前をフラッシュバックさせて、軽い眩暈を覚えた。
懐古の思いと悔恨の念とが混在する、モノクロの映像が脳裏を掠める。
忘れそうになって、思い出しそうになって、戸惑った様に目を眇めた。
「……泥棒の真似事か?関心せんな」
「失礼だな。フェンスを抉じ開けようなんて言ってないだろ?」
「そうじゃない。ここは…」
「……もう俺たちの場所じゃない?」
先回りして貞治が呟く。
その問いには答えずに、ゆっくり歩きながら、暮れかけた夕陽を浴びて茜色に色付いたコートを見遣った。


千石に言った言葉に偽りなど無かった。
ここは俺にとって―貞治にとっても―あらゆる意味で思い出深い場所だった。
ここで育てた実力や築いた栄光、培った経験は、今では大きな財産となっているし、ここで作られた思い出の数々は今なお褪せる事はない。
楽しかった事も、嬉しかった事も、悔しかった事も、辛かった事も。
『今』を形成するのに多大な影響を持っている。互いに。


たたが四年。されど四年。
人生と言う長い目で見ればほんの一瞬の様な時間は、たった十五年しか生きていない俺たちには酷く長い時間だった様に思えた。
そう、まるで永遠に続くかと錯覚するほどに――



「…蓮二、見てよ」
貞治がそう言って指差したのは、コートを挟んでちょうど真向かいの道を、こちらから見て右手から左手へ向かう少年達の姿。
同じ位の年齢の少年二人が、手を繋いで足早に建物の方へと向かっていく。
二人とも息を弾ませて、生き生きとした笑顔を浮かべていた。
「………似てるね」
また、俺が口にするより一秒早く貞治が言う。
頷く代わりにフェンスに背を向けて歩き出した。
”俺たちみたいにならなければ良いね”
皮肉めいた貞治の声が聞こえる気がした。
言わずとも判る。だから言わないで欲しいと、意思表示をした俺の心内に気付いたのだろう。貞治はそれ以上何も言わなかった。
俺より少し遅れて歩き出した貞治が、すっと足を早めて隣に並ぶ。
身長が伸びた今でも、あの当時と殆ど変わらない身長差が、懐かしむ心に針を刺した。
ここで偶然の再会を果たして鮮明に甦った記憶の中から、零れ出した思い。
それは呆れる位に今でも明るく、何かを訴えるように点滅している様に感じた。


「……貞治」
「なに?」
「………俺は多分、お前の事が好きだった」
「…曖昧な上に過去形?」
笑いを含んだ貞治の声が返ってきて、その声音で貞治が今、苦笑を漏らして居るだろう事が判った。
そしてその反応で、自分の言った言葉の真意に気付く。
「…あ、…いや…」
「…うん、判る。俺も同じだから」
言って貞治は足を止め、それにつられて俺も立ち止まった。
「…蓮二。俺もね、多分お前の事が好きだった」
今はもうあの時の事は判らなくなってしまったけど、と貞治は付け加えた。

「……違う、貞治。『あの時も』判らなかった」
俺は貞治を見詰めて、呟いた。
共に過ごす事が当たり前で、お互いの考えて居る事や感じて居る事、一挙手一投足さえも判っていたあの時でさえ、お互いがお互いに抱いていた感情の本当の意味だけは、相手のも、自分のも、判らなかった。
判っていたなら、あんな別れは無かった筈だ。

暫くの沈黙の後、貞治は困った様に笑い、眼鏡を押し上げた。
「…そうだな。……だけど、蓮二。今は判る」
「………今は…今も、そうだ」
「ご名答」
幾ら思い出を掘り返しても二度と同じ形を成さないそれを、今なら言葉に出来る。
あの時伝えたかった思いは、きちんと言葉にしなかった所為で、形が歪んだまま留まり続けていたのだと知った。
四年の月日を経て、痞えていたものが漸く喉を滑り落ちていった気がした。




「おや?青学の乾君に立海の柳君じゃありませんか?」
唐突に声を掛けられて、揃ってそちらを見遣った。
「ルドルフのマネージャーか。どうしたんだ?」
今日はやけに偶然の多い日だ、と思いながら現れた人影に質問を投げた。
「ヘッドハンティングだろ?」
本人より先に、貞治が間を割るようにして言った。
そういえば、ルドルフは部員の殆どがスクール生で構成されていて、それは主にスカウトで招き入れる、と聞いたことがあった。
なるほど、こうしてマネージャー自らがスカウトの為にスクールに足を運んでいたのか。
すると観月は得意気に笑い、貞治を見返した。
「んふっ。さすがお判りですね、乾君。そうなんです。打倒青学の為に新たな人材を…」
「観月さーーーん!」
続けて背後から聞こえた声に、観月はあからさまに顔を顰め、それとは反対に貞治はニヤッと意地の悪い笑みを浮かべた。
四年前からは想像も付かないくらい性悪な顔だ。
「……と言う名目のデート、と言った所かな」
「………………………あの馬鹿……」
「あ、居た居た、観月さん!探したっすよ!」
「やぁ、裕太君」
「あ、乾さん。コンチワ!…と…立海の柳さん!?」
「立海大附属の柳蓮二だ。君は…不二裕太君だったね?」
「どうもっす。…にしても二人で何やってんすか?立海って神奈川でしたよね?」
「あぁ、少しな」
「……裕太君!行きますよ!!」
「…へっ!?あ、はい??…じゃ、じゃあ…」
耳まで真っ赤にした観月が肩を怒らせながらズンズンと歩き出し、不二が戸惑った表情のまま軽く会釈をして後を追った。
苦笑交じりにそれを見送りながら、俺と貞治も出口に向かって歩き出した。





バス停へ向かう貞治は左に、神奈川へ帰る駅へ向かう俺は右に曲がる別れ道に差し掛かると貞治は振り返った。
「…なぁ、蓮二。お前は俺にデータテニス…データで物事を予測する事を教えてくれたよな?」
「……あぁ、それが?」
唐突な言葉に面食らいながら貞治を見返すと、貞治は右手で眼鏡を押し上げて、試すような笑みを浮かべる。
昔は出来なかった表情だ。
「データで予測しきれない事―偶然が、幾つも重なるのを何て言うか教えようか?………『運命』だよ」
たっぷりと間を取って貞治が放った言葉に少し驚き、そしてやはりな、と思う。
「…いつからお前はそんなロマンチストになった?」
揶揄するような笑みを返せば、「俺は昔からロマンチストだよ?」と抗議して貞治も同じ様に苦笑いを零す。
いつの間にか茜色の空は薄っすら群青色を滲ませ始めて路上に落ちる影も幾分深くなっており、先程まで寄り添う様になっていたそれは同じ方向を向いているものの、僅かばかり距離を作っていた。
「俺はお前がここに来る事を予測していた訳じゃない。俺自身、来るつもりもなかったしね」
「…だけど現に俺たちはここで再会した。…それが『運命』だと?」
「……俺たちは”双子みたい”な”他人”だからね」
言いながら、貞治は右手を軽く上げて踵を返した。


もし、ここへ来たのが自分以外の何者かの思惑の元だったとしたら、それは運命だったのだろう。
去っていく貞治の背中を見詰めながら、運命に導かれて過去に足を踏み入れるのも悪くは無い、と思う。
一人だけでは解消し切れなかったものを漸く融かす事が出来たのだから。
来る時とは打って変わって、重い荷物を降ろした様に体が軽くなり妙に清々しい気分だった。

それから俺は歩き出した。
踏み出したその一歩は沢山の意味を抱えている様な気がした。




〜2話終わり〜
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