夕闇が心に陰りを落とす そうして歩いて 何処へ行き着くというのだろう 千石が望むのなら何処へだろうが付いて行くし そうしたいと云うのならいくらでも傍にいてやりたいと思った 例え他の男を好きでいたって それが俺の好きになった 『千石清純』という男なのだから 小さな嫉妬に胸がチリっと焼けるように疼いたって ただ お前が望むこと お前が楽になれること それだけを、俺の手で叶えてやれればって 稚拙な独占欲とか自己満足に浸ろうとしていた ごめん 狡いのは 逃げていたのは 俺の方だったって思い知ったよ―― それでも君を想い行くから 「ってそういや千石は何処に行ったんだ?」 少し離れたうちにさっきまでそこでボーっとしていた千石の姿が見当たらない 俺の『少し待ってろ』の言葉にも無反応でいたくせに (否。聞こえてなかったからこそか) 子供じゃないんだから… 俺は呟く。 大体。 無闇やたらに動いちゃいけないって子供の頃に習わなかったのだろうか? 俺はとりあえず鋪道のガードレールに寄り掛かった 俺まで動いてはもっとややこしくなってしまうだろうから でも そこでふと、思い直した もしかしたら千石は1人で帰ってしまったかもしれないと そもそも勝手にむしろ半ば強引に付いて来た俺だ そんな俺を普段のあいつならともかく 今の情緒不安定な千石が大人しくまともに待ってなどいれるだろうか? もしかしたらまたフラフラと亜久津を捜しに行ってしまったのではないだろうか? もしかしたらもう戻っては来ないんじゃないだろうか? みっともない。 こんなことであいつを疑いあたふたしている自分。 そして考えてしまう。 どうして俺じゃ駄目だったのかと。 どうしてそこまでしてあんな居なくなった奴に千石は執着するのだろう ―俺はここにいるのに― 千石の為に俺は少なからず何かを犠牲にすることが出来るのに。 失うことでその代価に千石がこっちを向いて また歩き出せるというのなら またあの笑顔で俺の名前を呼んでくれると云うのなら 「俺は絶対にお前を置いて行ったりしないのに」 なぁ? 亜久津にお前の気持ちは届いていたのか? そんな風にお前が壊れてしまうくらい好きでいるんだって知っていたのか? でも。 とてもじゃないけどそんなこと聞く勇気なんてなくて、今日までそんなお前をそのままにして来てしまった 校門でお前の顔を見て 酷く、後悔したんだ。 あぁ、どうして放っておいてしまったんだろうって。 開いた傷口から血を流したまま お前は虚ろな目をして、戻らない過去に逆走しようともがいていたんだ。 傍にいたのに 近くから横顔を覗くばかりで正面からお前の悲しみと対峙しようとはしなかった 一緒に悲しんでやれば良かったんだ 亜久津はまだそこにいるんだって 別に会えないわけじゃないって そんな当たり前の事実を話して聞かせて、教えてやれば良かったんだ――― そう。俺のくだらない意地。 屈折した独占欲で お前を悲しみの中に閉じ込めていた。 「そうか――俺に、出来ること――」 たったひとつ。 千石の為にしてやれること。 (確かまだ…) 俺は携帯のアドレス検索を開く 部長として部員の連絡先は全部メモリーしていた。 当然”あいつ”の連絡先も俺は知っていた。 母親に無理矢理持たされたはいいが使い方が解らず(本人はめんどくさいから放置しているだけだと主張していたが)番号なんて知るか。と言い放ったその携帯から勝手にメモリーを呼び出して登録した。 一度も。 一度も使うことなくいなくなったあいつの番号に 皮肉にもこんな場面で繋げようとしている滑稽さ。 そうして少し 千石のような特別な感情など皆無な俺にも ―あぁもうあいつは違う世界に生きている― そんな寂寥感が生まれた。 ぶっちゃけ厄介な存在でしかなかった。 強いけど。 部長としての俺にはいつも悩みの種でしかなかった。 ただ、男として そんな風に自由に。誰にも縛られず、好きに生きれたらどれだけいいだろうとか 地味だと自他共に認める俺は密かに憧れていたりもしたんだ。 だから千石があいつを好きになったってのもなんとなく納得したりしていた 千石がホントに嬉しそうに笑うから いつしかあいつが一緒にいること 同じ、仲間なんだって 俺もまた亜久津の存在を認めはじめていたんだ―― メモリーに目当ての番号を見つけて 俺は深く深呼吸して、その番号に祈るような縋るような複雑な気持ちで 「えいっ」 電話をした。 しばらく電波を繋ぐような捜すようなノイズが広がって やがて耳にこだまして響いた 『おかけになった電話は―――』 俺が千石の為にしてやれること なくなっちまった…… <パタン> 携帯を閉じて溜め息 俯いて、気付く。 「せ、んごく?」 正面から伸びた影で視界が暗くなった 眼前に俺と同じ白いズボンで覆われた足がある 顔を上げた その影の正体が何も返さなかったから。 チカと夕日のオレンジが目の端に光った 柔らかい光がぼんやりとそのシルエットを映し出した 千石は、泣いていた オレンジがかった柔らかな まるで空にあるそれそのままの髪を揺らして、真直ぐ俺を見て 悲しいでも悔しいでもなくただ寂しそうな―― (そうか) 「寂しかったか?」 こくん 「不安だった?」 こくん 「あいつみたいに置いてかれたって?」 ……… 「ふざけんな」 立ち上がって力一杯千石を引き寄せた 掴んだ腕はなんだか頼り無く感じた 「俺は、お前がウザいって言ってもここにいるぞ」 千石が俺を見上げた 茶色の瞳が濡れている 「ここにいろって言ったけど そうじゃなくていい―― 俺がお前を捕まえて離さないから」 俺の必死の告白 千石は黙って聞いている。 「亜久津を好きなままでも捜してもいい。忘れなくてもいい。ただ俺が傍にいることを許してくれれば…」 何故か俺まで泣きそうになった それはやはり同じように ”寂しくて” 寂しさで泣きそうになるなんて初めてだ。 ここにいるのになんて遠い。 掴んでいるはずの腕の頼り無さはそのまま千石の儚さのように感じて力を強めた その瞬間、一瞬だけ痛そうに顔をしかめた千石が 「南、痛い」 そう呟いて空いている片方の手で俺の頬を撫でた 「何処にも行かないよ」 「え?」 「南がいなくなって、本当に怖かった」 「それは…」 「いいから、聞いてよ」 いつになく強い口調だった 「ちょっと知ってる人たちに会ったんだ。南を捜している最中だったんだけど…」 「捜してたのか」 「うん。まぁそれはいいんだけど。昔色々あったみたいな二人が今、偶然再会して、笑っていたんだ。過去を思い出にして、それでも、仲良く一緒に」 「羨ましかった」 「千石?」 「俺、亜久津のことが好きだったんだ」 千石は今更な告白を、まるで懺悔するように言葉にして 繋げた 「好きだなんて言ったことなかった。言う必要もないって思った。むしろいなくなるまでそんな風に想っていたことも気付いてなかったかもしれない」 「気付かないくらい、傍に、いたんだ――」 千石の確かめるような言葉たち 俺はそれを止めるべきかと少し、悩む 聞きたくないってのも勿論あった でも、そうして千石がもっと深くはまってしまって自分の言葉から逃れられなくなるんじゃと そう杞憂したほうが大きかった。 でも千石は続けた。 「南の言った通り俺は捜していたんだ。過去に戻れたらとその入り口ばかり捜して。終わりから目を背けていた」 「俺も亜久津も”今”生きているのに」 強い声だった。 「だから過去にさよならしようと思う。すぐにはきっと無理だけど。もしかしたら忘れられないかもしれないけど。 でも、俺はここにいることを選んだから――」 お前がそう決めたなら。と言おうとして言葉に詰まる。 抽象的すぎて聞き逃しそうになった。 千石は――― 「ここに、いる?」 鸚鵡返しに聞き返した俺ににっこりと微笑んで 「うん。南がそう言ったんでしょ?」 明るい声で、そう言った。 ここに来てすぐに言った時は解らないという表情で曖昧に笑っただけだった千石が はっきりと言葉にして俺に”ここにいる”と応えた。 そして不意に思い出す。 さっき見た光景。 不安そうに俯いた観月 彼を捜し見付けた時の年下の少年の安堵の顔 ”いつも一緒で” あれは俺の言葉だった。 羨ましかった。 ホントはずっと俺も寂しかったから。 毎日一緒にいても千石は俺を見ない。 好きな相手が姿を消しても存在は色濃く残りいつになっても千石が俺を見ることはなかった 一緒にいるのに、遠い。 それが俺たちの距離。弱くて過去に捕われて前にも後ろにも進めずに。 でも―― 「お帰り、千石」 お前がここに帰って来た 「うん、ただいま」 俺が一歩お前に近付いた 道は真直ぐじゃなかったけど必ずお前に続いていたんだ。 遠回りして寄り道して。 少し、近寄って。 そうしてたまに二人で思い出せばいい。 今日という夏の1日。 笑って、いつか話せたなら。 あいつのことも『好きだった』ってお前が言って 『そうだったな』って俺が少し素っ気無く答えて 笑って。 そうして二人話せればいい。 この空のような柔らかいオレンジを 見上げれば。 君と過ごした季節は巡り――… ずっと ずっと 思い出す この夏の君を――― 『てかさー南何してたの?』 『あ〜東方に電話してた』 『なんで?』 『怒りのメールが来てたからだ』 『怒り??』 『忘れたわけじゃないだろ?今は大会の最中だってこと』 『そういやそうだったね〜』 『何を気楽な』 『ごめんねぇ部長さんにサボりなんてさせて〜』 『ふん』 『あははっじゃ、戻って罰ランニングでもしますか?』 『そんなもんで済めばいいけどな』 『大丈夫☆俺ラッキー千石だもん』 『そんじゃま、期待してるぜ?』 『よし!帰ろう南っ』 夕闇に ――寄り添う影が 長く 長く―― 〜最終話終わり〜 |