魔女りミイラ





そうなったキッカケは実に簡単な事。
オレ達の絶対的存在が言った一言からだった。

「文化祭では、仮装大会をする」

最後に小さな声で「らしいぞ」と、呟いたのは
聞かないふりをしておこう。
そして、その言葉に間髪入れずに質問をぶつけたのは 神尾だった。

「橘さん!仮装ったって、何やるんスか?」
「そ、それはだな…」
「…言いにくいものなんですか?」
「橘さん?」

神尾につられて、石田、森が橘さんに詰め寄る。
内村と桜井はオレと同様に、さして気にも止めていない様子でその光景を見守っている。
しかし、橘さんが口を開こうとした瞬間に息を飲む気配がしたのは
きっと気のせいではないんだろう。




     ( 「ハロウィンだ」 )
『え?』


橘さんの声の小ささに皆が一斉に聞き返す。



「ハロウィンだ」

きっとその時、皆が皆 疑問に思ったと思う。
何故、ハロウィンなのか
そして
何故、ハロウィンというのに橘さんが躊躇ったのか。














「俺、ドラキュラ貰い!」
「フランケンは誰がやるんだ?」

かくして、オレたちは仮装大会をやるための衣装合わせを始めたわけだけど
やはり橘さんが肩を落としている事に気がついて
顔を覗き込むように近付くと 大きな溜め息が落とされた。

「どうしたんですか?」
「あ、あぁ 深司か」
「何か、不都合な事が?」

「…実はな―――」




話を聞くと、橘さんは実行委員から直々に仮装の指名を受けたらしい。
その『役』は




「黒い羽の…天使?」
「アイツら、多数決なんぞで決めやがって…!!」

怒りに震える橘さんは もう話すら出来ない状態だった。
そのまま実行委員に面白がられて連れて行かれたのは 気の毒だと思ったけれど。



「あれ?深司達はまだ決まってないのか?」
「え?石田は決まったの?」
「あぁ、あと深司と神尾だけだぜ」
「ほんじゃ、先に行ってるからなー」

橘さんを眺めていたうちに 優柔不断な神尾を除いて皆決まってしまっていたらしい。
結構、楽しそうに部屋を後にする皆を見送り
オレは神尾に視線を落とした。

「まだ決まってなかったの?」
「そう言う深司こそ」
「だってオレ、ハロウィンってよくわからないし」

「え?深司、ハロウィン知らねーの?」

神尾が素頓狂な声をあげる。
そんなに驚く事じゃないはずだけど、と思いながら
試すように聞き返してみる。

「じゃぁ、神尾は説明できるの?」
「もちろん。かぼちゃとお菓子と子供のお祭りだろ?」

「…は?」


その三つのキーワードを得意げに言った神尾は
オレの切り返しに、一瞬固まったようで。
慌てて修正をする。 「ハロウィンってのは、子供が『お菓子をくれなきゃ悪さをするぞ』って、お化けに変装して街を歩き回るお祭りだ」
「ふぅん。それで、何の為にそんな事するの?」


「……さぁ?」
「駄目じゃん」
「…悪かったな」

そのオレの返答に、神尾は拗ねて衣装を漁り出す。
とりあえず、お化けになればいいのか とオレも一緒に漁りはじめる。

暫く経つと神尾がふっと笑ったような気がした。
横目に神尾を見れば、何か嫌な事を思い付いた時の顔をしていた。
絶対に一泡吹かせようと考えているな
と、瞬時に判断出来たオレは 気付かれないようにそっと息を飲んだ。
…ろくな事は言わないだろうな、と 判っていながらも
神尾が口を開く
どんな事を思い付いたのかと、半分好奇心を押さえながら
そして、もう半分はすでに呆れながら
神尾の言葉を待つ。


「キスしてくれなきゃ、悪さするぞ」

脱力。
所詮こんなものか、と肩を落とすと
それに気がついたのか 神尾は慌てたように付け加えた。

「なーーんてな」

少し照れたように笑いながら。
照れるなら言わなければいいのに、と言いかけたが
オレの脳裏に神尾に負けないくらいの子供じみた考えが浮かんだから慌てて止めた。

「ふぅん?悪さって、例えば?」
「た、例えばって そりゃ…」

我ながら思う。
オレは今、きっと意地悪に 楽しそうに笑っているんじゃないかと
口の中で何かを呟く神尾の顔は 本当に真っ赤だった。
さて、どう出てくるのかな?
そんな風に 思ってしまう自分も本当に質が悪い
暫くすると、神尾は何かを決心したかのように顔を上げた。
そして――
オレの身体を抱き締めた。

「悪さってのは、こーいうのだよ!」
「…ただ、抱き締めてるだけじゃないの?」
「続けていいならやるゾ」

そして、慣れない手付きで 少し乱暴に
オレは床に押し倒される
倒されたオレよりも、オレが痛くないようにと庇った神尾のほうがダメージを受けたみたいで
失礼かもしれないけど、滑稽で笑みが零れる。

「っ、何笑ってンだよ」
「別に?」
「言っとくけど、マジだかんな」
「そうなの?」
「おう」

あまりにも真剣な顔で 少し鼻息も荒く言うものだから
オレの中に悪魔か何かが宿ったみたいに
もう少しだけ、意地悪してみたいな なんて思ってしまう。

「神尾」
「な、なんだ?」

吃る程、焦っている神尾。
本当はこのまま 悪さされてもいいんだけど、
と 誰かに言い訳するように胸の中で呟いてから

オレは少し身体を浮かせ
神尾にキスをした。


「し、深司!?」

もちろん、オレがそんな行動に出るはずはないと踏んでいた神尾は慌ててオレの上から退けぞいた
目を見開いて さっきよりも真っ赤な顔をして

「じゃ、キスしたから悪さはなしね」
「あ」

口元を抑えて、自分の言ってしっまった事を後悔しているのか
神尾は悔しそうに床を叩いた。

「男に二言はないでしょ」
「チクショーー」

そう嘆いた姿は、本当に可愛くて(オレが言うのもなんだけど)
悪さ、させてあげてもいいかな?と思ってしまう。
でも、やっぱり今日はお預け。

「じゃ、衣装早く決めちゃおうか」
「…深司はコレ」
「なんで?」

差し出された衣装は 女物。
ついムッとして聞き返したオレに
神尾は悔しそうに眉をひそめながら言い放った。


「深司は、魔女みたいだから」
「それは、誉めてるの?」
「どうとってもいいけどよ」

そう言った後、また「チクショー」と呟いて
自分はミイラの衣装を手に取った。

「神尾は、どうしてソレなの?」
「あ?俺は…」

「ミイラ捕りがミイラになっちまったから?」







あぁ、なるほど とオレは小さく手を打った。
例えは少し違うけれど言いたい事が判ってしまったから 吹き出してしまう。

オレは魔女、君はミイラ
それは何だか面白い組み合わせだな と思いながら


その後は 魔女とミイラが、二人で手を取り合って




〜END〜






モドル