君が側にいないという事実がこんなにも俺を狂わせる。 たったの数時間だって わかっていたって どうしようもないくらい 君に会いたいんだ。 ねぇ、今 君は何をしている? 全てが止まれば くすぐったいような気持ちが俺を満たした日を忘れた事はない。 君に好きだと告げた日。 君が自分もだと、小さく呟いた時。 すべて、すべてが今も俺の胸の中にある。 こんなにも愛しい君とは 1分1秒も離れたくはないんだけれど… 生憎、俺と君は違う学校で お互い、とても大事にしている事―― 部活があるから会う時間もろくにない。 本当は今だって、一緒にいたいのに そう思って溜め息を吐いた瞬間 俺の頭に何かが直撃した。 「いったぁ!!」 「試合中によそ見するなよ!」 反対側のコートに立つ南にボールをぶつけられた。 勿論、打ったボールを じゃないけど。 「だってさ〜」 「だっても何もあるか!お前は真面目にやる事が出来ないのか?」 「えーー。だって、南君弱いしぃ〜」 なんて、ほんのおちゃめのつもりだったのに。 また南にボールを当てられた。 そのまま笑って 夢中になって試合をした…はずなのに 「おかしいなぁ」 俺は時計の針をジッと見つめた。 さっきから時計の針が全然動かないのを見て 首を傾げる。 もう、3時間くらい経った気分でいたのに― 実際は1時間も経っていなくて 学校の時計が壊れているのかと 本気で思った。 「どうしたんですか?千石さん」 「あ、室町君」 ずっと時計を見続ける俺を不思議に思ったのか、後輩である室町君が俺の背後に立ち 一緒になって時計を見上げた。 「あのね」と言いかけた瞬間に今度はボールが二つ飛んできた。 俺と 室町君を目掛けて。 「サボるなって言ってるだろう?」 阿呆が移るから千石に構うな、なんて怒った南がその後に付け加えながら。 ヒドイ扱いだな、と思いつつも 俺はまた時計を見上げた。 今 やっと1時間経ったんだ―― 「千石」 いつの間にか、南が室町君に変わって背後に立って居た。 またボールをぶつけられるのか と構えた俺に飛んできたのは――… 「え…鍵?」 「帰れよ」 いきなり投げられたのは部室の鍵で、その鍵と南の顔を交互に見遣る。 いまいち状況がつかめていない俺を見て 南は大きな溜め息を吐くと 「さっさと会いに行け」と 苦笑を浮かべながら そう、言った。 「千石、お前の考えてる事なんてお見通しなんだよ。練習に身が入らないなら、とっとと会いにいっちまえ」 「そうですよ。腑抜けた千石さんなんか面白くないですし」 「…まぁ、たまにはいいんじゃないか?」 そして、南の隣に室町君と東方が並ぶ。 後ろの方からパタパタと走る音が聞こえて その足音が止んだと思ったら 少し息を切らせた太一が俺の横に並んだ。 「ハイです。千石先輩!ちゃんと拭いて。風邪ひかないように気をつけてくださいです!」 「太一まで…」 その小さな手が差し出したのはタオル。 皆の顔を見渡して 笑みが零れる。 「全く…、お節介だなぁ。みんな」 そのタオルを受け取って、俺は走り出す。 「明日は真面目にやるから」と皆に向かって叫ぶと そうしてくれ、と南の声が聞こえた。 額から汗が流れる 走りながら息を切らしながら 俺は笑っていた。 やっと、君に会える。 ずっと会いたかった 君に会える―― そう思うと どんどんスピードは上がっていき 道行く人をかわしながら 俺は待ち合わせに指定した場所に向かった。 部室を出る前にメールした。 「いつもの公園で待ってるよ」と。返事は来ていなかったみたいだけど そんな事よりも早く、早く会いたくて なりふり構わず 急いだ。 着いた公園に君の姿はまだなくて、 すっかり疲れ果ててしまった俺は 側にあるベンチに腰をかける。 そして一息吐いた瞬間に 俺は重要な事を忘れていたのに気が付いた。 「あ、」 そう、自分は部活を早く上げてもらったけれど 君はまだ部活の最中… それは、メールも返ってくるはずがない。 気が付いた途端に力が抜ける。 完全に空回りをしている自分に笑いが込み上げた。 会いたいと その一心で、そんな当たり前の事に気がつかなかったなんて 南の言った通り、俺はアホだな そう思って これからどうしようかと顔を上げた 時 視界に息を切らした 長い髪のヒトが映った。 まさか? そう思い、何度も目を擦る俺を見て そのヒトは 口の端を少し上げて 笑った。 「伊武君!?」 慌てて駆け寄ると、まだ息の整っていない君は俺の腕を掴んで 呼吸を整えているようだった。 「ど・どうしたの?部活は?」 「貴方が…ココに来るって、メール きたから…」 途切れ途切れ言葉を紡ぐ。 そして 俺がその言葉に返答しようとすると 「慌てて、出てきた」と 口の中で濁すような声が聞こえた。 「そんなに急がなくてもよかったのに…」 「…でも、待たせたら悪いし 会いたかったし」 やっと呼吸の整った伊武君は ハッキリとした声で そう言ってくれた。 「うん…、俺も凄く会いたかったよ。時間が経つのが本当に遅くて…おかしくなりそうだった。」 本当におかしくなりそうだった、ともう一言付け加えてから 俺は目の前の恋人を 力一杯抱き締めた。 君も 会いたいって思ってくれていてよかった。 君も 急いできてくれて嬉しかった。 その後、俺が部活を早く切り上げられた理由を話すと 君も同じような理由だと俺に告げた。 「神尾が泣きながら行けって騒いでうるさかったんですよ。橘さんは橘さんでオレが元気ないから病気じゃないかって慌ててたし。二人とも素直だから、オレの言った事間に受けて」 「なんて、言ったの?」 「寂しくて死ぬって。冗談で」 「寂しくて死にそうだったの?」 「…冗談って言ってるじゃん」 隣に君がいて 少し頬を赤らめながら 優しく微笑んでいる。 それが何より嬉しくて つい、小さく笑った。 「…何、笑ってるんですか」 それに気が付いた君が、俺の顔をジッと見つめながら 首を傾げた。 そんな仕草も 本当に可愛くて 「俺って、本当に幸せものだな」 それと貪欲だなって。 そう、付け加えるように呟くと 伊武君が不思議そうにまた首を傾げた。 「幸せ…は何となくわかりますけど、貪欲って 何の事です?」 俺もジッと伊武君の顔を見つめて その夕暮れに染まった綺麗さに見とれる。 なかなか答えない俺に 少しムっとしたのか 少しだけ、ほっぺが膨らんだような気がした。 「あのね、貪欲っていうのはね―――」 もっともっと、君と居たいから 時間が止まっちゃえばいいのにって 思ったからだよ。 そう言った後の 君の表情は また、俺の胸の中に一つの思い出として 残っていくんだ。 〜END〜 モドル |