「なんで嘘付いたんだ?」 「なんの事?」 「観月が、僕を呼びに来た時の事だよ」 「あぁ、あの時?」 僕の企みある嘘に 亮はきっと気付かない。 見せるわけないよ 汚い世界を知りはしない兄に 僕の本心なんて明かすつもりはないよ。 でも、例えばね。 僕が兄である貴方を好きだと言ったら どうする? ね。亮? 違 う モ ノ 未だに家に帰る度に 亮から聞かれる事がある。 1人の名前。僕が亮から一番聞きたくない名前。 「観月とは上手くやってるのか?」 前までは二人で使っていた部屋。 今は亮のものが並んでいる。 僕はベットに仰向けになったまま、亮の言葉を無視した。 観月はどうしてる? 観月は元気か? 前と変わらず、変な笑い方をしてるのか? 聞く度に苛々する。 問われる度に腹の底から怒りが込み上げる。 観月にスカウトされた事のある亮は、どうやら観月の名前だけはしっかりと覚えたらしい。 人の名前なんてろくに覚えないのに。 他の他校の生徒になんて興味がないくせに。 「淳、聞いてる?」 「聞こえてないよ」 「聞こえてるじゃないか」 僕が寝そべるベッドに亮が腰を掛けて、僕の顔を覗き込む。 少し、怒った顔だな。 自分と同じ顔なだけあって、何を考えているかは 手に取るようにわかる。 だからこそ、更に苛々は増す。 「観月なら裕太と仲良くやってるよ」 もう、亮の口から観月の名は聞きたくなくて ぶっきらぼうに答えてみせる。 「その、ユウタって部長の奴だっけ?」 何度も口にした事がある、裕太の名前は全く覚えちゃいないのに。 「部長は赤澤だよ。裕太は2年の」 「あぁ、傷のついてる子?」 「…そう」 観月の名前だけは、しっかり覚えていて 本当に、むかつく もう、その話を止めにしたくて サエやバネ、六角の仲間達の話を振って話を変える。 おじいはまだ、生きているのか。とか 葵はまだ彼女ができないのか。とか 自分の学校の話をしている時の亮は 本当に楽しそうで 僕も、自然と笑顔になる。 「そういえば、なんでお前髪の毛切ったんだ?母さん、嘆いていたよ?」 「あぁ、これは観月が…」 ミヅキが―― つい口にしてしまった名前に僕は硬直する。 しまった… 「観月が、どうしたんだ?」 「…僕らを見間違えないようにって、切ったんだよ」 「本当は、観月間違えてなかったんだけどね」 観月がスカウトしたのは、きちんと亮だった。 僕が亮に嘘をついた。 『ルドルフの人が 明日じゃなくて明後日来てくれって』 言ってたよ、と。 珍しく興奮した様子で僕に報告にきた亮を見て 行かせてはいけない、と本能が言っていた。 だから僕は嘘をついた。 亮に、観月に。皆に。 「なんで嘘付いたんだ?」 「なんの事?」 「観月が、僕を呼びに来た時の事だよ」 「あぁ、あの時?」 僕の企みある嘘に 亮はきっと気付かない。 見せるわけないよ 汚い世界を知りはしない兄に 僕の本心なんて明かすつもりはないよ。 「僕が、行ってみたかったからだよ、兄さん」 なんて、そんなのは嘘。 ただ、貴方を観月に渡したくなかったから。 「僕がルドルフに行っていても、髪を切られたかな?」 さして僕の返答を、深い意味と読み取らなかった兄は 微笑を浮かべ 僕の髪に触れる。 「どうだろうね。でも、亮と僕は違うモノだから」 僕も亮の髪に触れる。 一つだけ、観月に感謝してる事もあるんだ。 それは、僕の髪を切った事。 親すらも間違えるほど似ていた僕達。 僕が亮に固執するのは、単に僕がナルシストだからなのかな?と思っていた。 でも違った。 僕と、亮は 違うもの。 髪を切って気が付いた。 僕は、この髪の短い僕が好きなわけではない。 髪の長い、同じ顔をした亮が好きなのだ、と 気が付いたから。 「あぁ、僕ルドルフに行けてよかったよ」 「それは、嫌味なのか?」 「ううん。違うよ」 嫌味なんかじゃない。 実際、全国に進めたのは僕ではなかったわけだし。 ルドルフに僕が行ってよかったと思う理由。 亮を、観月に近付けずに済んだから 亮が、全国に進めたから 亮が、僕とは違うヒトなんだって、気づけたから。 本心は語らない。 僕達は同じ顔でも 別のヒトだから 亮にはきっと僕の本心は判らない。 「あぁ、本当に髪を切ってよかったな」 そう、本当に。 〜END〜 モドル |